【すべては空】(「伝道者の書」第1章を読む) 牧師 熊谷徹 =================================== 【T】空の空(1:1〜3) 「空(くう)」の原義は「息」(詩篇144:4)である。息のように現われて はたちまち消え去る「むなしいもの」(ヨブ7:16)、それが私達の人生であ る。2節では「空」が多用されて、言いようもないまでの空しさが強調される 。「日の下」も本書の鍵語で、神のおられる「天」と対比されるこの世を 指す(5:2)。伝道者が問題にするのは、神なき「日の下」の生の空しさであ る。「人に何の益となろう」との問いは以後も繰り返される重要な問いであ る(3:9等)。「益」とは伝道者が追及する真の価値、永続的な益のことであ るが、それは「日の下」に見出せるのであろうか。 【U】新しいものはない(1:4〜11) 移り行く時の流れの中で、人間は「息」のようにはかなく消え去るが、 「地はいつまでも変わらない」(4)。太陽の動きは同じことの物憂い反復、 無意味さの壮大無限な単調な繰り返しである(5)。風の動きも永劫流転を 物語っている(6)。川の水の流れも、無意味なけだるい繰り返しにすぎず、 伝道者はそこに人間とその生の空しき、はかなさを見た(7)。人間の歴史 もまた、物憂い陳腐な繰り返し以外の何物でもなく、「日の下に新しいもの はーつもない」(8〜10)。人間の営みなど、いつしか忘却の彼方に消え去 ってしまう(11)。 【V】人生不可解(1:12〜18) ここからいわゆる「私章句」が始まる。伝道者の真理探求の旅は、知恵と 知識の追求から始まった。だが、知恵と知識を得て人生を見れば見る程、そ れはむなしいものでしかなかった(12−14)。「日の下」の人間の知恵と知 識のみでは、人生の謎は解けず、人生の空を打ち破ることはできないのである (15−18)。 【勧め】私達が「一心に尋ね」(13)求めるべき真の知恵と知識の宝はキリ ストのうちにある(コロサイ2:3)。「わたしから学びなさい」と招いておら れるキリストから学び続けよう(マタイ11:29)。 −茅ヶ崎同盟教会月報 2003.11月号より− |