【高慢と謙遜・3】(箴言16章18節、29章23節) =================================== 牧師 熊谷徹 1.「高慢・高ぶり」はサタン的な起源を持つものですから、神に嫌われま す。それだけでなく、人にも嫌われますし、自分自身をも駄目な人間にして しまいます。真に知恵ある人は、自分が高慢にならないように絶えず自分を 磨こうと努力します。哲学者セネカは、「自分に知恵があるとうぬぼれさえ しなければ、知者になれる人が沢山いるのに!」と言い、詩人バイロンは、 「高慢こそ知恵の妨害者だ」と言いました。本当に知恵ある人は「高慢」を 遠ざけます。「高慢・高ぶり」が人間としての成長を妨げる大敵だと知って いるからです。 2.箴言16章18節に、「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立 つ」という言葉があります。最近、この聖書の言葉の真実さを実感させるよ うな出来事が相次いで起きています。思想家ラスキンは言いました;「概し て言えば、一切の大きな過失の根底には、高慢が横たわっている」と。カー ル・ヒルティは言いました;「傲慢は常に没落の寸前に現われる。傲慢にな る者はすでに勝負に負けているのであって、破滅に向かって進んでいるのだ と考えて間違いない]と。 3.箴言29章23節はこう告げます;「人の高ぶりはその人を低くし、心 の低い人は誉れをつかむ]。これは実に面白い言葉です。「高ぶり」は、読 んで字の如く「高くなろう;高く見せよう」とする思いです。ところが、そ ういう思いを持っていると「低くなってしまうよ]とこの聖句は警告するの です。むしろ「心の低い人]すなわちへりくだる人、謙遜な人の方が「誉れ をつかむ」のだと言うのです。「実るほど頭(コウベ)を垂れる稲穂かな」とい う諺がありますが、本当に優れた人ほど「謙遜]で、ちっぽけな人間ほど 「高慢」なものです。高ぶりは人を低くし、高慢は小さなつまらぬ人間を作 り出すだけであります。「高慢な人間にはなるな!‥‥これが聖書の教えで あります。 4.以上のように、「高慢、高ぶり」は神に嫌われ人にも嫌われます。しか も、自分をつまらぬ人間にし堕落させます。高慢はサタンに源を持つ危険な 罪であります。こ、の罪に打ち勝つ道は、どこにあるのでしょうか。(つづく) −茅ヶ崎同盟教会月報 2006年4月号より− |