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「わたしがしていることは、今は分からなくても、
後で分かるようになります。」 ヨハネの福音書13章7節
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最後の晩餐の席で、イエスは12人の弟子たちの足を洗いました。弟子の前にかがみ込み、 一人ひとりの足を水で洗い、手ぬぐいで拭きました。申し訳ないと思ったペテロが戸惑いを口にしたとき、イエスは冒頭の言葉を語られました。互いにへりくだって仕え合い、愛し合うようにと、イエスは模範を示されたのでした。
「親の心子知らず」と言います。後に分かるようになる「ありがたさ」を私たちも経験します。その時には、分かってもらえない愛があります。善意が理解されないと悲しくなりますし、落胆し、疲れを覚え、憤ることがあるかもしれません。
イエスは人々に理解されずに十字架につけられました。足を洗い、愛を示しても、弟子たちはイエスを捨てて逃げてしまいました。それでもイエスは愛を余すところなく現されたのです。この愛は、伝わる時がくる。イエスの言葉には望みがあります。
愛の押しつけ、押し売りではなくて、忍耐をもって期待する愛を、イエスさまは教えてくださいました。「後で分かるようになる」そう信じて、愛を示し続ける生き方を、大切にしたいと思います。
牧師 山村 諭
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